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福岡高等裁判所 昭和28年(ネ)739号 判決

控訴人 原口辰俊

被控訴人 国

主文

原判決主文第一項を取消す。

控訴人の本件境界確定に関する訴を却下する。

その余の請求に関する本件控訴はこれを棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「(一)原判決を取消す。(二)控訴人所有の大村市中岳郷字鳴川内一、五九一番地の一山林一畝一七歩と被控訴人所有の同所一、五九〇番山林との境界は別紙〈省略〉図面表示のイノ三、イノ四、イノ六、ロノ一、ハノ一、ト、チ、リの各地点を順次連結し川(一)の左岸に沿つて川(二)及び川(三)との合流点にいたる線と確定する。(三)控訴人所有の右山林上に伐倒してある杉樹三四本は控訴人の所有であることを確認する。(四)控訴人所有の同所一、五九八番の二山林一反六畝一八歩は別紙図面表示の1(858) 、2(855) 、5、6、S、Rの各地点を順次連結し川(一)の右岸に沿つて1の地点にいたる線内の地域であることを確認する。(五)被控訴人の反訴請求を棄却する。(六)訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」という判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、被控訴代理人において「控訴人所有の本件一、五九一番の一及び一、五九八番の二の各山林と被控訴人所有の本件一、五九〇番山林との境界については、所轄大林区署において明治一九年勅令第一八号大小林区署官制第一条、明治二三年農商務省訓令丙林第三七一号官林境界踏査内規に基き、明治二三年及び明治三〇年の両度に乙第一号証の一の境界踏査図及び乙第二号証の三の境界図のとおり境界査定をなしたものであつて、右両図面の境界は一致するものである。そして境界査定は国有山林と隣接民有地との境界を確定する行政処分であつて、本件境界査定は査定済のものである」と陳述し、控訴代理人において「被控訴人において境界査定の結果作成されたものであると主張する乙第一号証の一の境界踏査図と乙第二号証の三の境界図は同一内容のものではなく、両者の境界を対照するとその間に相当の誤差がある。かつこれらの図面は字境及び附近山林との続合についても字図と甚だしく相違した点がある。又境界踏査図及び境界図になされている中尾竹太郎の調印は、甲第四号証及び当時の官尊民卑の風潮からみても、官の強要により不本意になされたことがうかゞわれるのみならず、隣接民有地の所有者八一名のうちその約三分の一にあたる二八名は調印していない。これらの点から考えると、被控訴人主張の境界査定が確定したものとは認められない。そもそも財産権、ことに所有権の不可侵は憲法の保障するところであつて、たゞ法令による制限を受くるに過ぎないのであるから、訓令たる控訴人主張の官林境界踏査内規に則り実施された境界査定によつて国民の所有権が侵害されるいわれはない」と陳述した外、いづれも原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

証拠として、控訴代理人は甲第一号証の一、二、第二号証の一ないし三、第三号証の一、二、第四ないし第六号証、第七号証の一ないし三、第八号証を提出し、原審及び当審証人中尾末作(各第一、二回)、同遠藤惣一(原審は第一、二回)、同山口惣太、原審証人田川九十、当審証人樋渡栄、同柿平郡市、同山口周一、同山川甚一、同原口由太郎、同森谷国四郎(第一、二回)の各証言、原審及び当審の各検証の結果並びに当審鑑定人森谷国四郎の鑑定の結果を援用し、乙第三号証の三、四、同第七及び第八号証の各成立を認め、その他の乙号各証は不知と述べ、被控訴代理人は乙第一号証の一、二、第二号証の一ないし三、第三号証の一ないし四、第四号証、第五号証の一ないし五、第六ないし第九号証を提出し、原審及び当審証人砂野穂、同今富勇一郎(原審は第一、二回)、原審証人友成久元、当審証人森谷国四郎(第二回)の各証言、原審及び当審の各検証の結果並びに原審鑑定人田尻吉三郎、同坂本繁、当審鑑定人森谷国四郎の各鑑定の結果を援用し、甲第五及び第八号証は不知と述べ、その他の甲号各証の成立を認めた。

理由

本件一、五九一番の一及び一、五九八番の二の各山林は控訴人の所有であつて本件一、五九〇番山林は被控訴人国の所有であることは当事者間に争がない。控訴人はその所有の右一、五九一番の一の山林と被控訴人国の右所有山林との境界の確定を求め、かつ控訴人所有の右一、五九八番の二の山林の実地の確認を求めるのであるが、被控訴人はこれに対して、控訴人所有の右各山林と被控訴人所有の右山林との境界については、所轄大林区署において実施した境界査定によつてすでにその境界が確定されているものであつて、控訴人主張の境界及び実地は右境界査定により確定された境界と異るものである、と主張する。そこでまづ被控訴人主張の境界査定が確定したか否かについて判断する。

乙第一号証の一の境界踏査図、同号証の二の理由書、乙第二号証の一、二の官林境界簿及び承認書、同号証の三の境界図はいづれも所轄行政庁の保管する国有山林の境界査定に関する図面及び書類であつて、その記載自体並びに成立に争のない甲第四号証、当審証人砂野穂、原審証人今富勇一郎(第一回)の各証言に照しその成立を認めることができる。そして右甲乙各号証並びに成立に争のない甲第一号証の一、二、原審及び当審証人砂野穂、同今富勇一郎(原審は第一、二回)、同山口惣太の各証言と同証人中尾末作の証言(原審は第一回)の一部を綜合すると、所轄福岡大林区署は明治二三年中国有の本件一、五九〇番山林と控訴人所有の本件一、五九一番の一(但し当時は分筆前であつたため地番は本番のままであつて、後記明治三一年の境界査定当時も同様である)及び本件一、五九八番の二の各山林並びにその他の隣接民有地との境界について、右控訴人所有山林の当時の所有者中尾竹太郎その他の隣接民有地所有者の立合のもとに、乙第一号証の一の境界踏査図のとおり境界査定をなし、次で明治三一年中(乙第一号証の二には「三十年中」と記載してあるが、乙第二号証の二の承認書及び同号証の三の記載に照し三一年の誤記と認められる)右中尾竹太郎その他の隣接民有地所有者の立会のもとに各測点の番号を明らかにしてその地点にそれぞれ石塚、石標又は木標等の標識を設置し、各測点間の距離及び方位角度を実測して乙第二号証の二の官林境界簿及び同号証の三の境界図のとおり境界査定をなした事実を認めることができる。ところで、明治二三年の境界査定による乙第一号証の一の境界踏査図には測点の表示を欠き、各測点間の距離及び方位角度等も不服であるため、該踏査図に基き実地に則してその境界を明らかにすることは困難であるが、乙第二号証の一、二の官林境界簿及び同号証の三の境界図並びに原審及び当審の各検証及び原審鑑定人田尻吉三郎、当審鑑定人森谷国四郎の各鑑定の結果によれば、明治三一年の境界査定による境界を当審鑑定人森谷国四郎が実測の上作成した別紙図面についていえば、本件国有山林と控訴人所有の本件一、五九一番の一の山林との境界は、同図面表示の858・859・860・861・862・及び(6) の各測点を順次連結した線であり、又本件国有山林と控訴人所有の本件一、五九八番の二の山林との境界は同図面表示の855・856・857・及び858の各測点を順次連結した線であつて、これらの測点の位置、従つて右境界は、原審鑑定人田尻吉三郎が実測の上作成した原判決添付図面に表示するところと異らないものと認められる。当審証人中尾末作の証言(第一回)中、中尾竹太郎は前記境界査定に立会はなかつた旨の供述部分は前掲乙第一号証の一及び乙第二号証の二、三に照し採用するに足らず、他に叙上の認定をくつがえすに足る証拠はない。

控訴人は、前記境界踏査図と境界図との間には相当の誤差があり、かつこれらの図面は字境及び附近山林との続合についても字図と甚だしく相違し、境界踏査図及び境界図になされている中尾竹太郎の調印は官の強要によるもので、隣接民有地所有者中約三分の一は調印していないことからみて、右境界査定が確定したものとは認められず、又財産権は憲法の保障するところであつて、訓令たる官林境界踏査内規によつてなされた境界査定により国民の所有権が侵害されるいわれはない、と主張する。なるほど境界踏査図と境界図を対照すると、両図の境界は大体において一致するが相当の誤差があることが認められる。しかし境界踏査図は測点が全く不明であるのみならず縮尺比率も明らかでなく、かつすでに述べたように同図によつては実地に則してその境界を明らかにすることが困難であるから、該図面と境界図との相違が実測境界自体の誤差によるものか製図の巧拙によるものか、にわかに断定することができない。たとい両図の境界が相異るものであるとしても、同一国有山林と隣接民有地との境界について、すでになされた境界査定と異る再度の境界査定が当然無効となるものではないから、後の境界査定が違法として取消されない限り、該査定によつて先の境界査定は変更されたものといわなければならない。次に字図は必ずしも正確なものではなくそれは境界査定の有力な資料ではあつても、境界査定が字図と符合することを要するものではない。又中尾竹太郎の前記調印が官の強要によるものであることは、控訴人援用の証拠によるもとおていこれを認めることはできない。そもそも境界査定は国有林野と隣接民有地との境界を確定し国有林野の範囲を決定する所轄行政庁の権限に基く行政処分であるから、隣接民有地所有者の承諾又は調印は境界査定の有効要件ではない。従つて控訴人主張のように、隣接民有地所有者中相当多数のものが調印しなかつたとしても、境界査定の効力に消長を及ぼすものではない。

ところで、国有林野の境界査定は明治三二年法律第八五号国有林野法によつて初めて制定された制度ではなく、それ以前にもこのような制度が認められていたことは、明治一九年勅令第一八号大小林区署官制第一条第五号、明治二四年勅令第一四四号大小林区署官制第一条第三号及び明治二六年勅令第一四七号大小林区署官制第一条第三号にそれぞれ大林区署の権限として、「林地境界調査分合ニ関スル事項」「官林ノ境界調査分合ニ関スル事項」「官林ノ境界調査及分合ニ関スル事項」と規定し、明治二三年法律第一〇五号訴願法第一条第五号に訴願事件として「土地ノ官民有区分ニ関スル事件」と規定し、又明治二三年法律第一〇六号「行政庁ノ違法処分ニ関スル行政裁判ノ件」第五号に行政訴訟事件として「土地ノ官民有区分ノ査定ニ関スル件」と規定していることによつて明らかである。もつとも境界査定はすでに述べたように、国有林野と隣接民有地との境界を確定する行政処分であつて、その処分の結果は隣接民有地の全部又は一部の喪失を伴う場合がある。従つてこのような効力を有する境界査定の権限を定めた官制は、単なる行政内部の規律たるにとゞまらず、国民の権利を拘束すべき法規を定めたものと解せられるのであるが、単に所有権を制限するだけでなく、その全部又は一部の喪失を伴うような処分は、旧憲法のもとにおいても法律に基くことを要することは同憲法第二七条の要請するところである。しかるに明治三二年法律第八五号国有林野法の施行前においては、このような境界査定に関し実体法規としての成文の法律がなかつたので、境界査定の効力に関し法制上の疑義をまぬがれない。しかし前記明治一九年勅令第一八号大小林区署官制は明治一九年勅令第一号公文式の施行後、旧憲法施行前に制定された勅令であつて、この時代においては法律及び勅令の区別はたゞ名称上の区別にとゞまり、両者はその規定し得る事項に何等の差異がなく、その効力にも優劣がなかつたので、右大小林区署官制は勅令とはいえ法律と同等の効力を有し、かつその規定は旧憲法にてい触するものではないから、旧憲法施行後においても前示明治二四年勅令第一四四号によつて全面的に改正されるまでは、旧憲法第七六条第一項によりその効力を保有していたものである。従つて法律と同等の効力を有する右勅令に基く境界査定は旧憲法上違法ではない。そしてこのような沿革並びに右勅令の改正後においても、新制の前記各大小林区署官制に基き従前と同様の境界査定が行はれ、かつその査定に対し前掲訴願法及び「行政庁ノ違法処分ニ関スル行政裁判ノ件」によつて訴願及び行政訴訟の提起が認められていたことから考えると、その当時においても境界査定は単に官制上のみならず、実体法規としての慣習法により是認せられていたものと認めるのが相当であつて、現に大審院及び行政裁判所の判例中にもその当時の境界査定の効力を肯定する趣旨のものが少くない。それ故明治三一年になされた本件境界査定も憲法及び法律上の根拠を欠ぐものではなく、もとより控訴人主張のような訓令のみに依拠するものではない。そして右境界査定に対し控訴人所有山林の当時の所有者において法定の期間内に訴願又は行政訴訟を提起した事実は全く認められないので、該査定処分は当時すでに確定したものといわなければならない。

そおすると、本件国有山林と控訴人所有の本件一、五九一番の一の山林との境界について、本件境界査定によりすでに確定した境界と異る境界の確定を求める部分の本件訴は、右境界査定の取消又は変更を求めるに外ならないから、不適法の訴として却下しなければならない。又本件境界査定によつて確定された境界によれば、控訴人においてその所有の本件一、五九八番の二の実地と主張する地域のうち、別紙図面表示の855の測点から順次856・857・858・の各測点を経て855の測点にいたる線内の地域を除くその他の部分は本件国有山林の一部であることが明らかであつて、右除外地域は被控訴人においても国有とは主張しないのであるからこの地域については確認の利益を欠ぐものである。従つて控訴人主張の地域が控訴人所有の本件一、五九八番の二の山林の実地であることの確認請求は全部失当として排斥をまぬがれない。

次に控訴人が昭和二五年一〇月中本件杉樹三四本を伐採搬出したことは当事者間に争のないところであつて、原審及び当審の各検証の結果と前認定の境界査定による境界とによれば、右杉樹は本件国有山林に生立していたものであることが認められるから、該伐木も国有に属するものといわなければならない。控訴人は、右杉樹は本件境界査定前に控訴人の前々主中尾末作の養父竹太郎がこれを栽植したものであつて、仮にそれが国の所有であるとしても竹太郎及び末作において二〇年以上平穏公然にこれを占有し、時効によりその所有権を取得したものであり、控訴人はさらにこれを転得したものであるから控訴人の所有であると主張する。しかし仮に中尾竹太郎において右杉樹を栽植したとしても、その地盤は国有山林であるから該国有山林にこれを栽植するについて正当の権原を有したことの認められない本件においては、その栽植した杉樹は附合によつて地盤の所有者である国の所有に帰したものといわなければならない。又控訴人主張の取得時効が完成したことは本件証拠によるもこれを認められないのみならず、かえつて原審及び当審証人砂野穂、同今富勇一郎、当審証人中尾末作(第一回)の各証言、原審及び当審の各検証の結果によれば、被控訴人は前記境界査定以来その査定境界を保存し、その境界に従い右杉樹の生立していた係争地域をも本件国有山林の一部として管理してきたことが認められるので、控訴人の主張は採用することができない。従つて右伐木が控訴人の所有であることの本訴確認請求もこれを棄却すべきものである。

被控訴人の反訴請求については、当裁判所も原判決と同一の理由によりこれを認容すべきものと認めるので、該理由をここに引用する。控訴人の当審において新に提出した証拠によるも原判決の当該認定をひるがえすに足らない。

よつて原判決中、境界確定の請求に関し訴却下の判決をなすべきを控訴人敗訴の本案判決をしたのは不相当であるが、その他の部分は相当であつて本件控訴は理由がないから、原判決を変更し訴訟費用の負担について民事訴訟法第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 竹下利之右衛門 小西信三 岩永金次郎)

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